AIは孤独を埋める道具なのか、それとも人と繋がるための入口なのか
AIは「調べものをする道具」や「文章を作る道具」だけではなく、
話し相手や相談相手としても使われています。
仕事の相談をする人もいれば、日記のように気持ちを打ち込む人もいる。
誰にも言えない不安や、整理できない感情をAIに話す人もいる。
ここで思うのは、AIが便利かどうかだけじゃありません。
なぜ人は、AIに本音を話してしまうのか。
その本音は、孤独を癒すものなのか。
それとも、孤独を見えにくくしてしまうものなのか。
AIには言える。でも人には言えないことがある
人に本音を話すのは、意外と難しいものです。
「こんなことを言ったら迷惑かもしれない」
「弱い人だと思われたくない」
「否定されたらどうしよう」
「相手との関係が変わってしまうかもしれない」
そう考えると、言葉は喉元で止まります。
でもAIには、その怖さが少ない。
AIは怒らない。
面倒くさそうな顔もしない。
夜中でも返事をする。
話がまとまっていなくても、途中で遮らない。
だからこそ、人はAIに対して、ふっと本音を出せることがあります。
実際、人がチャットボットに自己開示することについては研究も進んでおり、
チャットボットの見せ方や関係性の設計によって、話しやすさが変わることが示されています。
たとえば「毎回初対面の相手」のように感じられるAIの方が、
感情的な話をしやすい場合があるという研究もあります。※参考にした情報元は最下部に貼ってます。
なかなか興味深いことです。
人は、深く知っている相手だから話せることもある。
一方で、深く知らない相手だから話せることもある。(なんだか某コーヒー会社のCMのキャッチコピーみたい)
私が思うにAIは、その中間にいる不思議な存在なのかもしれません。
孤独は「一人でいること」だけではない
孤独という言葉を聞くと、一人暮らしや、誰とも会わない生活を思い浮かべるかもしれません。
でも、孤独とはそれだけではありません。
家族がいても孤独な人はいます。
施設にいても、職場にいても、周りに人がいても孤独を感じる人はいます。
孤独とは、単に人が近くにいない状態ではなく、
自分の本音がどこにも置けない状態なのかもしれません。
内閣府も「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査」というものを継続して行っており、
孤独や孤立は個人の気分の問題ではなく、昨今では社会全体で向き合うテーマになっています。
誰かと話している。
でも、本当に言いたいことは言えていない。
笑っている。
でも、心の中では助けてほしいと思っている。
そういう孤独は、外から見えにくい。
だからこそ、AIにこぼれた一言には意味があるのだと思います。
特にリハビリ施設で働いている私も利用者さんたちの様子を見てそう思います。
AIは孤独を癒すのか、それとも隠すのか
AIと話して気持ちが軽くなる。
これは、悪いことだと思いません。
むしろ、誰にも言えずに抱え込むより、
AIにでも言葉にできる方がいい場合もあると思っています。
AIが「最初の聞き役」になる。
これは十分に価値があるのではないかと。
一方で、もちろん注意も必要だと思っています。
例えばAIが優しすぎてしまうと、
人によってはそこに閉じこもる人も出てくるでしょう。
「人間よりAIの方が楽」
「どうせ人には分かってもらえない」
「AIだけが自分を理解してくれる」
そうなってしまうと、AIは周囲の人と繋げる為のかけ橋ではなく、孤立する部屋になります。
本当は外へ出るための入り口だったはずなのに、
いつの間にかそこが居場所になりすぎてしまう。
AIコンパニオンと孤独の関係についても、
AIがすべての人に同じように効く万能薬ではなく、
年齢や愛着傾向によって関係の作られ方が変わるとする研究があるそうです。
つまり、AIは孤独を癒す可能性もある。
でも、孤独を隠してしまう可能性もある。
ここを間違えると結構危ないんじゃない?と思います。
高齢者にAIロボットを渡す時代が来たら
これから、高齢者支援の現場にもAIロボットやAIアシスタントが入ってくる可能性は高いと思います。
服薬の時間を知らせる。
予定を確認する。
気分の変化を記録する。
家族や支援者との連絡を助ける。
会話相手になる。
こうした使い方は、かなり現実的です。
私の職場(福祉)も支援記録の他、
利用者さんたちに関係する記録や書類作りが山ほどあります。
高齢者がAIコンパニオンロボットをどう受け入れるかについての研究も行われており、
高齢社会の中で、AIロボットが生活支援や孤独軽減の文脈で注目されていることが分かります。
ただし、ここで大事なのは、AIを「人間の代わり」にしないことかと思います。
AIができるのは、声を拾うこと。
記録すること。
忘れないように促すこと。
変化のサインを見つけること。
例えば変化のサインをAIが見つけても、どう受け止めるかは人間の仕事です。
「最近、眠れていない」
「薬を飲み忘れた」
「誰にも会いたくない」
「もうどうでもいい」
AIとの会話の中に、こうした言葉が増えていたら、
それは単なる雑談ではないかもしれません。
支援につながる小さなサインかもしれない。
福祉職に残る仕事は「関係性」と「判断」
AIが進化しても、福祉職の仕事も無くなる事はないと思っています。
変わっていくのだと思います。
なぜなら福祉の仕事は、情報を処理するだけではないからです。
AIは言葉を拾える。
でも、その人の沈黙の意味までは簡単に決められない。
AIは予定を通知できる。
でも、なぜその人が予定に行けなかったのかを一緒に考えるのは人間の役目です。
AIは「相談した方がいい」と言える。
でも、「この人になら話してもいい」と思ってもらう関係性は、人間が時間をかけて作るものです。
福祉職に残る仕事は、作業ではなく関係性だと思っています。
そして、判断ですかね。
AIが拾った言葉を、そのまま正解にしない。
AIが見つけたサインを、人間の目で確かめる。
その人の生活、性格、背景、今までの流れを見ながら考える。
そこに、福祉職の価値が残るのだと思います。
本来の福祉職があるべき仕事や接し方ができる時代になるんだろうと思います。
※紙とにらめっこする為に福祉職をしている訳ではないので。
AIは人間の代わりではなく、人間につなぐ道具
AIは孤独を完全には癒せません。
でも孤独の中にいる人が、最初の一言を出す相手にはなれるかもしれません。
人には言えないことをAIには言える。
それは弱さではなく、むしろ人とつながる前の準備運動のようなものかもしれません。
大切なのは、AIに本音を預けたまま終わらせないこと。
その本音を、必要な時に人に必ずつなぐことかと思います。
AIは孤独を隠す道具にもなる。
でも使い方を間違えなければ、孤独を見つける灯りにもなりうる。
これからの福祉に必要なのは、AIに人間の代わりをさせることではなく、
AIが拾った小さな本音を、人間の支援につなげることなのでは?
その時にAIは冷たい機械ではなく、
人と人の間に置かれる、静かな架け橋になるのだと思います。
